そんなケチな了簡《りょうけん》で見届けに行くのではない、これも修業のためである、僧堂の中で慢心和尚の出鱈目《でたらめ》を聞いているばかりが修業ではない、和尚|来《きた》れば和尚、美人来れば美人……」
こんなことをひとりで考え込んで力んでいるとその時、オホンという咳が聞えました。この咳は確かに慢心和尚の咳でありました。それを聞いた若い雲水はハッとして、ひとり言の気焔と北叟笑《ほくそえ》みとが消えてしまいました。和尚来れば和尚……と言って力んではいたけれど、その咳の声だけで縮み上ったところを見ると、美人が来ればやっぱり魂を抜かれてしまうでありましょう。そこでこの雲水は気焔と独り笑いとをやめて、蒲団を頭から被《かぶ》っているうちに、昼の疲れでグッスリと寝込んでしまいます。
寝込んでしまってはいけないのです。実は迷い出した五人の亡者が戻るまで眠らないでいて、戻った合図を聞いた時には、また踏台として出て行かねばならぬ義務があるのであります。それを忘れて寝込んでしまいました。
かくとも知らず、迷い出でた五人の亡者は、立戻って来て垣根の外へ立ちました。
合図にトントンと垣根を叩くと案《あん》の定《じょう》、中からもトントンと垣根を叩いて答えます。
外にいた亡者は、仲間の者の肩を踏台にして中へ入ると、中にまた踏台が待ち構えています。
第一に乗り越えたものが、足を卸《おろ》して、中にいる踏台の肩を踏もうとして、勝手を間違えて頭を踏台にしてしまいました。これは間違ったと思ったけれども横着な心が出て、そのまま両足を頭へ載せてしまいました。下になった踏台はそれでも別に不平は言わないのであります。なぜならば明晩は、自分が同じようにして人の頭を踏台にすることができるのだから、鎌倉権五郎《かまくらごんごろう》のような野暮《やぼ》を言うものはありません。
しかし、この頭は踏台としてはあまりに円くありました。坊主の頭に円くないのは無いようなものだけれども、それにしてもあまりにまる過ぎたから、危なくツルツルと辷《すべ》りそうなのを、体《たい》を転じて辛《から》くも飛び下りました。
第二の亡者はそれでも幸いに肩を踏んで無事に入りました。第三のはまたツルツルした頭を踏台にして、第一と同じように危なく飛び下りました。そのほか、第四、第五も、肩を踏台にしたり頭を踏台にしたりして、ともかく迷い出
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