と嫌気とを催して、どうしても居堪《いたたま》らないから、この非常手段で逃げ出したものであります。
兵馬が恵林寺に留まっていることがわかりさえすれば何のことはなかったろうけれど、それをお松は知ることができませんでした。ただこうして行くうちに、兵馬の行方《ゆくえ》を知る由もあろうかと思い、それがわからぬ時は、いっそ、江戸へ出て、外《よそ》ながら能登守やお君の身の上について知りたい、また例の与八という男の許をも尋ねてみようかというような心持でありました。
その翌日、早朝に宿を出立すると、どうでしょう、阿弥陀《あみだ》街道の外れへ来た時分に、もうそこに、旅の装いをして、がんりき[#「がんりき」に傍点]がちゃあんと待っているではありませんか。もっとも今日は雨が降りません。がんりき[#「がんりき」に傍点]が待っていたのは、阿弥陀街道を過ぎて、笹子川の橋詰のところであります。
お松も、はじめはそれとは気がつきませんでした。近寄って見た時に、それと知ってギョッとしました。
「お早うございます」
がんりき[#「がんりき」に傍点]は挨拶をしました。
「これは、まあ」
と言ってお松は呆気《あっけ》に取られました。
「お待ち申しておりました」
この分では、この男に見込まれたようなものだ。
「昨夜はどこへお泊りなさいました」
とお松は尋ねました。
「ツイこの近いところに知合いがあるんでございます」
がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれだけしか答えません。お松もその上は問うことをしませんでしたが、どうしてもこの男の道づれを断わるわけにはゆきません。
「ここは橋詰というところでございます、この次がよしケ久保と申しまして、あすこにあるのが虚空蔵《こくぞう》様で、それと違ったこっちの方に毒蛇済度《どくじゃさいど》の経石《きょういし》というものがございます、それから白の原に白野、天神坂を通って立川原へ出て橋を渡ると神戸《ごうど》、それから中初狩に下初狩、上花咲に下花咲、大月橋を渡って大月」
こんなことを言って、がんりき[#「がんりき」に傍点]は細かな道案内をしながら歩いて行きます。暢気《のんき》に歩いて行くようだけれども、絶えず往来と前後とに気を配っていることは、お松が見てもよくわかります。ことに前後から来る人の容貌を遠くから見定めようとすることと、通りすがる人を横目に見やる眼つきなん
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