ました、そこでどうして本道へ出たものかと迷っているうちに、山の中から樵夫《きこり》が出て参りました、その樵夫に尋ねてようやく本道へ出て参ることができましたけれど、その時は知らず知らずお関所を通り越しておりました、済まないこととは思いましたけれど、また先を急ぐ旅でございますから立戻るというわけにもいかず、ついついそのまま通り過ぎてしまいました、こういって言い抜けをするんでございますね。そうすると、しからば其方《そのほう》に道を教えた樵夫というのは何村の何の誰じゃとお尋ねがある、その時は、いやそれを聞こうとしているうちに、樵夫は山奥深く分け入って影も形も見えなくなりました、とこんなふうに申し上げればそれでことが済むんでございます、お関所にも抜け道があり、お調べにも言い抜けの道があるんでございますがね、やかましいのは入鉄砲《いりでっぽう》に出女《でおんな》といって、鉄砲がお関所を越して江戸の方へ入る時と、女が江戸の方からお関所を越えて乗り出す時は、なかなか詮議《せんぎ》が厳《きび》しかったものでございますがね、それも昔のことで、今はそんなでもありませんよ。そんなではないと言ったところで、このごろは世間が物騒でございますから、男が女の風《なり》をしたり、女が男の風をしたりしてお関所を晦《くら》ますようなことがあると、なかなか面倒には面倒になるんでございますね」
 こんなことを言っている間に、いつか関所の裏道を抜けてしまって、本道へ出て笹子峠を上りにかかっていました。
 なお、がんりき[#「がんりき」に傍点]は途中、いろいろの話をしてこの少年に聞かせました。丁度、そんなような雨のことですから、旅人も少ないもので、山また山が重なる笹子の峠道は、昼とは思われないほどに暗いものでありました。峠を登って行くと坊主沢のあたりへ出ました。この辺は橋が幾つもあって、下には渓流が左右から流れ下っているところもあります。
 やがて、もう峠の頂上へも近づこうとする時分に、
「こいつはいけねえ」
とがんりき[#「がんりき」に傍点]が言いました。
 いま峠の上から、一隊の人が下りてくるらしくあります。この一隊の人というのは、尋常の人ではなく何か役目を帯びた人らしくあります。がんりき[#「がんりき」に傍点]はそれを振仰いで、
「あれは八州様の組だ、うっかりこうしてはいられません、少しばかり姿を忍ばせま
前へ 次へ
全93ページ中75ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング