尼寺を開いたのは赤松入道円心の息女であるということであります。
 播磨《はりま》の国赤松入道円心の息女、その姫の名は何というたかわからぬ。また一説には入道円心の娘ではなくその孫であると。ともかくもその当時において屈指の大名であった赤松家の息女が、尼となることを志したのは、よくよくの事情があったことであろうが、その事情もよくわかりません。
 この寺へ訪ねて来て、抜隊禅師に出家の願いを申し出でたところが、その願いを聞いた禅師は、「出家は大丈夫のこと、女なんぞは思いも寄らぬ」と言いました。
 けれどもこの姫の決心は強いものでありました。そこで花のように美しい面《かお》へ、無惨にも我れと焼鏝《やきごて》を当てて焼いてしまいました。その強い決心にめでて禅師も、ついに姫の尼となる望みを許したということであります。その赤松の息女の歌として伝えられるのに、
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面《おもて》をば恨みてぞ焼くしほの山
 あまの煙と人はいふらん
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 その赤松の姫君がこの尼寺の開基ということであります。それは南北時代のことであるから、かなり時が経っています。
 今の庵主は五十|許《ばかり》の品のよい老女で、この老女がこの頃になって何か胸に思い余ることがありげに、しきりに心を苦しめているのが、そう思って見れば他目《よそめ》にも見えます。
 老尼の住んでいる庵《いおり》は、昔から伝えられた名をそのままに燈外庵と呼ばれていました。珠数《じゅず》を爪繰《つまぐ》りながら老尼が燈外庵の庵を出ようとすると、若い尼が、
「御庵主様、いずれへおいであそばしまする」
と尋ねました。
「はい、わしはこれから、ちょっと恵林寺まで行って参りまする」
「左様でございますか、お供を致しましょうか」
「それには及びませぬ……しかし、曾光尼《そこうに》、あの、わしが留守の間をよく気をつけて給《たも》れ」
 老尼は若い尼の耳に口をつけて何をか囁《ささや》くと、
「畏《かしこ》まりました、お大切《だいじ》に行っておいであそばしませ」
 そのあと、この若い尼は池の傍に立って鯉を見ているけれども、心は鯉にあるのではなく、老庵主から頼まれた何者かの見守りに当るらしくありました。
 暫らくした時に、池に向いた方の書院の障子がスラスラと開きました。その開いた間から見えるのは、やはり若い尼で、しかもこちらにい
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