りに殊勝な振舞と言わなければなりません。
六人は、ここで面《かお》を見合せたが、そのとき思い出したのは、道理でその頭の辷《すべ》り方が少し変であったわいというくらいのところで、別にその殊勝なる踏台の何者であるかを考えてみるまでに至らずに、寝込んでしまいました。
その翌日の定刻に、慢心和尚は講義をするといって、例の二三冊の振仮名《ふりがな》の書物を持ち出しましたけれど、その本を開かないで、円い頭をツルリと一撫でして、細い目でジロリと席を見渡しました。
「愚蔵《ぐぞう》、連十《れんじゅう》、英翁《えいおう》、甲論《こうろん》、乙伯《おつはく》、この頭をよく見てくれ」
と言い出したから、集まった雲水たちは今更のように慢心和尚の面を見ました。和尚の面も頭も、いつも見慣れている頭や面であるけれど、そう言われて見れば見るほど円いものであります。和尚はその円い頭を撫でながら、細い眼で一座の連中を見廻して、ニヤリニヤリと笑っているのであります。そうすると、
「あっ!」
席の一隅に、思わず、あっ! と叫んで面色《かおいろ》を変えたものが六人ありました。この六人は、あっ! と言って面の色を変えて、我を忘れて和尚と同じように、自分たちの頭を撫でました。
「オホホ」
と慢心和尚は面白そうに笑いました。この和尚の、オホホという笑い方は、握拳《にぎりこぶし》を口の中へ入れるのと同じように、余人に真似のできない愛嬌がある。
「あっ!」と言って自分たちの頭を撫で廻している六人というのは、そのうちの五人は昨夜の亡者であって、他の一人はその亡者の踏台となるべき義務を怠った雲水でありました。
「オホホ」
和尚は再び笑いました。六人の顔色はいよいよ土のようでありました。自分たちの円い頭を自暴《やけ》になって撫で廻しているけれど、その円さにおいて、とうてい慢心和尚に匹敵するものではありません。
そうすると和尚は、妙な手つきをはじめてしまいました。それは両手を幽霊でも出たように上の方からぶらさげて、自分の円い頭の上へ持って来て、そこでツルリと辷《すべ》らしてみるのであります。それも一度でよせばよいのに、ゆっくりゆっくりやって、二度も三度も同じことを繰返して、
「オホホ」
と笑うのであります。やりきれないのは五人の亡者と一人の踏台でありました。もうたくさんだと思っているのに、意地のよくない慢心和尚は、
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