を突くようにして、米友の面をながめました。
「今、飯を食わせてやるから待っていろ」
米友は足を拭き終って、上へあがりました。
「ムクや、手前は良い犬だ、どこを尋ねても手前のような良い犬はねえけれど、やっぱり犬は犬だ、外を守ることはできても、内を守ることができねえんだな」
と言いながらムクの面を見ていた時に、ふと気がつけば、その首に糸が巻いてあって、糸の下には結《むす》び状《ぶみ》が附けてあるのを認めました。
「おや」
と米友はその結《むす》び状《ぶみ》に眼をつけました。してみればムクは食事の催促にここへ来たのではなく、この結び状を届けるためにここへ来たものとしか思われません。
「誰だろう、誰がこんなことをしたんだろうな」
と言って米友は不審の眉を寄せながら、ムクの首からその糸を外して結び状を取り上げました。
ともかくも、ムクを捉まえてこんな手紙のやりとりをしようという者は、米友の考えではお君のほかには思い当らないのであります。けれどもそのお君ならばなにも、わざわざこんなことをして自分のところへ手紙をよこさねばならぬ必要はないはずであります。お君のほかの人で、こんな使をこの犬に頼む者があろうとは、米友には思い当らないし、ムク犬もまたほかの人に、こんな用を頼まれるような犬ではないはずであります。
米友は、いよいよ不審の眉根《まゆね》を寄せながら、ついにその結び文を解いて見ました。読んでみると文句が極めて簡単なものであった上に、しかも余の誰人に来たのでもない、まさに自分に宛てて来たもので、
[#ここから1字下げ]
『米友さん裏の潜《くぐ》り戸《ど》をあけて下さい』
[#ここで字下げ終わり]
と書いてあるのでありました。
「わからねえ」
米友は、その文面を見ながら、いよいよ困惑の色を面《かお》に現わしました。それは確かに女の手であります。女の手で見事に認《したた》められてあるのであります。
「いよいよ、わからねえ」
米友の知っている唯一のお君は手紙の書けない女であります。このごろ、内密《ないしょ》で文字の稽古はしているらしいが、それにしても、こんな見事に書けるはずはないのであります。そのお君を別にして……まさか米友を見初《みそ》めて附文《つけぶみ》をしようという女があろうとは思われません。
「誰かの悪戯《いたずら》だ」
と疑ってみても、このムク犬が、こんな悪戯のなかだちにたつようなムク犬でないことによって、打消されてしまうのであります。
「ムク、ともかくもまあ案内してみろやい」
米友は下駄を突っかけました。ムク犬はその先に立ちました。
これより前の晩に、ムク犬はこれと同じようにして、米友とお君とを引合せました。今はまた別の何者かを、米友に引合せようとするらしいのであります。
けれども、その潜《くぐ》り戸《ど》をあけるためには、ぜひとも一度、お君の部屋まで行かねばならないのでありました。お君の部屋にその鍵があるのですから。
米友はこのごろ、お君の部屋へ行くことをいやがります。その前を通ることさえ忌々《いまいま》しがることがあります。けれども今は仕方がないから、番傘を拡げて庭へ廻って、そっとお君の部屋へ入りました。そこにはお君はいませんでした。留守の一間は、化粧の道具がいっぱいに取散らされてありました。
米友の面にはみるみる不快の色が満ち渡って、壁にかけてあった鍵をひったくるように手に取りました。
紅や白粉や軟らかい着物を脱ぎ捨てられたのを見た米友は、その場を見ると物凄い眼つきで湯殿《ゆどの》の方を睨《にら》みながら、また番傘を拡げました。ムク犬は常に変った様子もなく、米友を塀の潜《くぐ》り戸《ど》の方へと導くのであります。
米友が裏の潜り戸をあけて見たけれど、そこには誰も立っていませんでした。
米友は往来を見廻したけれども、雪が降っているばかりで、誰もいないし、通る人もほとんど稀れであります。
こいつは、やっぱり欺《かつ》がれたかなと思って、首を引込めると、ムクが勢いよく外へ飛び出しました。ムクがこっちから飛び出すと一緒に、向うの木蔭から蛇の目の傘が一つ出て来ました。雪は掃いてあるところもあり、掃いてないところもあるから歩きづらい中を、蛇の目の傘を傾《かし》げて、足許《あしもと》危なげにこっちへ歩んで来るのは女でありました。面は見えないけれども、その着物と足許で、まだ若い女の人であるということが米友にもよくわかります。
その人の傍へ飛んで行ったムクは、ちょうどそれを迎えに行ったようなものです。
誰だろうと思って米友は、その傘の中を早く見たいものだと思いました。
「米友さん」
と言って、すぐ眼の前へ来てから、傘を取るのと言葉をかけるのと一緒であった。その人の面《おもて》を見て、
「やあ、お前はお嬢さんだ」
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