のような不孝者はない、幸内をくれてやるから、それをつれてどこへでも行け、あとは三郎がおれば困ることはない」
 父の伊太夫はこう言って苦《にが》り切っておりました。
「ようございますとも、ようございますとも」
 お銀様の泣き声は甲走《かんばし》ってしまいました。
「わたしは先《せん》のお母さんの子ですから、わたしがいない方が家のためになります、三郎のお母さんと、わたしのお母さんとは違いますから、今のお母さんのためにも三郎のためにも、わたしがいない方がようございましょう、そうしてお父様は今のお母さんを大切になさいまし、わたしはどこへでも行ってしまいますからようございます」
 お銀様は頭《かぶり》を振って泣きました。
「お銀、お前は何を言うのだ、自分の我儘《わがまま》を知らないで、いつもいつも、そういう言いがかりばかり言ってお父様を困らせようとしても、そうはお父様も負けてはいないよ」
「ええ、ええ、どう致しまして、わたしがお父様を言い負かそうなんぞと、そんなことがありますものですか、わたしはどこへでも行ってしまいますから」
「お銀」
 伊太夫はいよいよ苦り切って、
「お前には、物が言えない、気を落着けてよくお聞きなさい、お前がそうして幸内の傍へ附ききりでいることが、世間へ聞えていいことだか悪いことだか、大抵わかりそうなものではないか。第一、家の者にまでわしがきまりが悪い。それから、あの神尾の縁談のことだといって、まだ話が切れたわけではなし、そんなことのさわりにもなるから、幸内を別宅の方へやって養生させたいと言うのは順当な話ではないか、無理のない話ではないか。それをお前が聞きわけないで、こうして幸内と一つ部屋のようなところへ寝泊りして、ほかの者には誰にも手出しをさせないというのは、あんまり我儘が過ぎるではないか。ね、よく考えてごらん」
 ここに至って、やはり伊太夫は折れているのであります。噛《か》んで含めるように、腫物《はれもの》に触るように繰返してお銀様を説いているのであります。
「幸内をわたしが看病しては悪いのでございますか、それでは誰に看病させたらよいでしょう、わたしでなければ本気になって幸内を見てやる者はないではございませんか、ほかの者はみんな幸内を嫉《そね》んだりにくがったりしているではございませんか」
「そんなことがあるものか」
「いいえ、そうでございます、この家では本心から、わたしの力になってくれる者は幸内のほかにはありませんから、わたしが幸内を大切にしなければ、大切にする者はないのでございます」
「ばかな!」
「ええ、わたしは馬鹿でございます。お父様、わたしをこんなに馬鹿にしたのは誰でございましょう、先《せん》のお母さんが生きておいでなさる時分には、わたしはこれほど馬鹿ではなかったのでございます、わたしもこれほど馬鹿ではなかったし、それに、わたしの……わたしの面《かお》もこんな面ではなかったのでございます。今のお母さんがいらしってから、わたしはこんな馬鹿になりました、わたしの面は……わたしの面は、こんな面になってしまいました」
 お銀様は喚《わ》ッと泣き出しました。
「お銀、お前はまたそれを言うのか」
 伊太夫は情けない面をして、泣き伏したわが娘の姿を見ていました。
「お父様、もうこれから二度と申し上げるようなことはございますまいから、どうか今晩は申し上げるだけのことを申し上げさせて下さいまし。先《せん》のお母さんは、わたしが十歳《とお》の時に病気で亡くなりました、わたしはその亡くなった時のことをようく存じております、世間では、今のお母さんが、先のお母さんを殺したんだとそう申しているそうでございます……」
「これ、何を言うのだ」
「お父様、それは嘘《うそ》でございます、嘘でございますけれども、世間ではそんなに噂《うわさ》をしている者もあることは、お父様だってごぞんじでございましょう。お母さんは口惜《くや》しがって死にました。わたしは十歳でしたから、先のお母さんが何をそんなに口惜しがっておいでなすったのか少しも存じません、また誰もわたしに話してくれる人はありませんけれど、あの時分、お母さんのお口からそれとなく、わたしにお聞かせなされた二言三言が、今でも耳に残っているのでございます、それでなるほど、それはそうかと時々思い当ることがあるのでございます。わたしは先のお母さんがかわいそうだと思います。そうかと言って、わたしは今のお母さんに恨みがあるわけでもなんでもございません」
「あああ、困ったことだ、お前の僻《ひが》み根性《こんじょう》は骨まで沁《し》み込んでしまっているのだ、情けないことだ」
 伊太夫はなんとも言えない悲しそうな歎息であるのに、お銀様は、父の歎息に同情することがあまりに少ないのであります。
「お父様のおっしゃ
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