まらぬ故、幸内から譲り受けた」
「それは間違いでございます、幸内には、わたくしが父に内密《ないしょ》で三日の間、貸してやったものでございます、それを人様にお譲り申すはずがござりませぬ、そのようなことをする幸内ではござりませぬ」
「それもその通り、尋常では幸内が拙者に譲る気づかいもなし、拙者もまた、微禄《びろく》して、恥かしながらこの刀を譲り受けるだけの金が無い、それ故に少し荒っぽい療治をしてこの刀をぶんどった」
「エ、エ!」
「ははは、驚いたか」
神尾主膳はふたたび大盃の酒を傾けて咽喉《のど》を鳴らしながら、意地悪くお銀様の面を見つめて、しばらく黙っておりました。
お銀様はこの時、下唇をうんと喰い締めました。そうして見る見るうちにその面が土色になって、眼《まなこ》が釣り上るのであります。
「幸内が、どうして幸内が、この刀をあなた様に差上げました」
「早く言えば奪い取ったのじゃ」
「エ、エ!」
「幸内に酒を飲ましたのじゃ、その酒は毒の酒じゃ、それを飲ますと酔いつぶれた上に声が潰《つぶ》れるのじゃ。それを飲ましておいて、幸内が手からこの刀を奪い取って、おれの差料にしたのじゃわい」
主膳は三たび大盃を上げて、心地《ここち》よくその一杯を傾け尽しました。
「あ、あ」
とお銀様は面を屹《きっ》と上げて、その釣り上った眼で神尾主膳を睨《にら》みました。
「うむ、それからまた、幸内めを種に使って一狂言を組もうと思うて、縄でからげてこの屋敷へ隠して置いたが、手ぬかりでツイ逃げられた」
「あああ、知らなかった、知らなかった。そんならこの刀を奪い取るために、幸内に毒を飲ませてあんなにしたのは、神尾様、お前様の仕業《しわざ》か」
「それそれ」
「鬼か、蛇《じゃ》か。人間としてようもようも、そんなことが……」
「まあ、お聞きやれ、そればかりではないわい」
「幸内の敵《かたき》!」
お銀様は神尾主膳に武者振《むしゃぶ》りつきました。けれどもそれは、やはりお銀様の逆上のあまりで、かえって主膳のために荒らかに組敷かれてしまったのはぜひもありません。
酔ってこそいたれ、神尾主膳もまた刀を差す身でありました。お銀様が武者振りついたとて、それでどうにもなるものではありません。
お銀様を片手で膝の下へ組敷いた神尾主膳は、落着いたもので、
「逸《はや》まるな逸まるな、この屋敷へ隠して置いたその
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