が退治した。酒呑童子は鬼の化身《けしん》だと俗説に唱えられていたが、近頃それはポルチュガルの漂流人が、あの山へ隠れていたのだと新奇な説を唱え出した学者がある。してみればこの部屋も、これは舶来の酒呑童子が甲州へ分家を出したのかも知れぬ、してみると我々は、さしむき渡辺の綱であり坂田の金時であるわけだが、実はうっかりすると退治られる方で、退治る方の役廻りでない」
卓子《テーブル》の上へ頬杖をつきながらこう言って笑っているのは、二番室にいた破牢の先達《せんだつ》で、これもその名を仮りに五十嵐と呼ばれていた壮士でありました。
この南条と五十嵐と二人の話しぶりは傍若無人《ぼうじゃくぶじん》でありました。実際|傍《かたわら》に人はないのであったが、それにしてもこの夜中に人の家へ忍び込んだ者の態度としては、あまりに傍若無人でありました。
しかしながら駒井能登守は、この傍若無人をかえって興味を以て見、かつその会話を聞かないわけにはゆきません。彼等がこの上どんな挙動に出るかを究《きわ》めてみなければならなくなりました。それ故に能登守は扉をあけることもせずに、鉄砲を携えたままで、例の隙間《すきま》から窺《うかが》っているのであります。そうすると南条は立ち上りました。立ち上って書棚の方へ行って、並べてある書物を一通り見て廻りましたが、最後にその中の一冊を抜き取って前の裸蝋燭のところまで持って来て、
「蘭書《らんしょ》だ」
と言いました。
「何が書いてあるのだ」
と五十嵐が尋ねました。
「スメルトクルース、つまり鎔坩《るつぼ》のことだ、鉱物を鎔《と》かす鎔坩のことを書いてある和蘭《オランダ》の原書だ」
と南条が説明しました。
「それはますます珍《ちん》だ、ここの主人は洋行した鍛冶屋《かじや》でもあるのか」
「こりゃあ高島先生のお弟子か或いは江川坦庵《えがわたんあん》の門下であろう。それにしても今時こんな書物を、甲州の山の中で読んでいるというのが変っている」
南条は首を捻《ひね》りながらその蘭書を開いてパラパラと二三葉飛ばして見ていました。これによって見れば、ともかくもこの南条は蘭書が読める人らしいのであります。五十嵐の方は覚束《おぼつか》ないと見えて、本をひっくり返している南条の手元ばかりをながめていましたが、
「とにかく、火を熾《おこ》そうではないか、そこに火鉢がある」
能登守が
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