いましたけれど、これほどの大家《たいけ》で犬一匹が問題にもならず、心安く思っているうちに、ムクは早くも他の女中たちに可愛がられてしまいました。女中取締りのお婆さんもまたムクを、男らしい犬だと言って大へん可愛がるようになりました。
 従来この家にいた幾多の犬も、ムクの姿を見た最初は吠《ほ》えたり睨《にら》んだりしてみましたけれど、二三日たつうちに不思議に懐《なつ》いてしまい、ムクが立つと、群犬がその周囲におのずから列を作るようになりました。ムクが牧場《まきば》をめがけて歩を運び出すと、群犬がそれに従って足並みを揃えて繰出すようになりました。
 広々とした牧場、その中に逞《たくま》しい馬や、愛らしい小馬の臥たり起きたり鬣《たてがみ》を振ったりしている中を、ムクが群犬の一隊をひきつれて一周する光景は勇ましいものでありました。お君は手拭をかぶって小流れの岸で、ほかの女中たちと一緒に野菜を洗いながら、ムクの勇ましいのを見て自分ながら嬉しくてたまりませんでした。
「こんな威勢のいいところを友さんに見せてやれば、どのくらい喜ぶか知れない、友さんもあんなところに燻《くすぶ》っているよりは、こんなお家へ
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