ました。
「これは、丸山の下で、難儀をしておいでなさるところを助けて上げたのでございます。まだ身体が弱っておいでなさるようでございますから、女中部屋まで連れて行って休ませて上げたいと思います」
「そう、早くそうしておやり、お薬が要《い》るならわたしのところまで取りにおいで」
「はい、有難うございます」
お君は馬上で聞いて、このお嬢様と呼ばれる人が、面付《かおつき》の怖ろしいのに似もやらず、情け深い人のように思われたのでホッと一安心です。
「それから幸内や、その馬を厩《うまや》へ廻してしまったら、父様のところへ行く前に、わたしのところへ、ちょっとおいで」
「はい」
「嘘《うそ》を言ってはなりませんよ」
お嬢様はこう言って、椿の花の枝を持ったままであちらへ行ってしまいました。嘘を言ってはなりませんよ、の一言《ひとこと》に、針が含まれているようにお君の耳には聞きなされます。しかしながら、お君の胸は、「おかわいそうに……」という同情が無暗に湧いて来て、その呪われたお嬢様のために、ほとんど泣きたくなってしまいました。
二
お君は若い馬商人の幸内に引合わされて、女中の取
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