そこで何をしていました」
「あの……」
お君がちょっと返事に困ったところへ、不意に庭先へ真黒な動物が現われました。それはムクでありました。
「ムクや、こんなところへ来てはいけません、ここはお前の来るところではありません」
と言ってお君は、お銀様の手前、ムクの無躾《ぶしつけ》なのを叱りました。
「これはお前の犬なの」
「はい、わたくしの犬なのでございます」
「まあ大きい犬」
「わたしのあとを少しも離れないので力になることもありますが、困ってしまうこともあるのでございます。さあ、早くあっちへ行っておいで」
「そんなに言わなくてもよい、主人のあとを追うのはあたりまえだからそうしてお置き」
「それでも、こんなところへ、失礼でございます」
「そうしてお置き」
ムクは許されたともないのに庭先へ坐ってしまいました。
「温和《おとな》しくしておいで」
お君もぜひなく、そのうえ追い立てることをしませんでした。
「このお菓子を食べさせておやり」
「こんな結構なお菓子を、勿体《もったい》のうございます」
お君はそれを辞退しました。お銀様は別段に強《し》いるでもありません。
「今日は雨が降って淋しいか
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