ほうそう》のためばかりではない、それより前に大きな火傷《やけど》をしたのがああなったのだということでありました。誰かお嬢様にあんな火傷をさせた者があるのだというような口ぶりでありました。
 してみれば、天然の病気と人間の手とふたりがかりで、あのお嬢様という人の面を蹂躙《じゅうりん》してしまったことになる。なんという惨《むご》たらしい報いであろうと、お君は、どうしてもそのお嬢様のために心から同情しないわけにはゆきませんでした。
「これほどのお大尽でも、あればかりはどうすることもできませんね。それだからお君さんのような容貌《きりょう》よしに生れついた者は、お金で買えない幸福《しあわせ》を持っているわけですから、大切にしなくてはいけませんよ」
とお藤はお君に向ってこう言いました。野菜類を洗ってしまってから、お君はムクに食物をやろうとしました。
 ところが、いつもその時刻には来ているムクが見えませんから、お君は牧場へ出て、遠く眼の届く限りを見渡しました。しかしそこにもムクの姿が見られません。思うに群犬を率いて興に乗じて、あの山の後ろの方まで遠征して行ったものだろうと、お君は強《し》いては心配し
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