しめ》しで、訪ねて来た人は誰でもお通し申すように御沙汰があるから通すまいものでもない」
と言いました。
「有難うございます」
とお君はお辞儀をしました。
「しかし、ただいま御操練《ごそうれん》の最中でいらっしゃるかも知れぬ、一応御様子を伺って来るからお待ち召されよ。して、有野村の藤原の家から来たお前さんは何とおっしゃるお名前じゃ」
「君と申しまする」
「よろしい、有野村の藤原の家から来たお君殿、ただいま取次いで上げる、暫くそこで待たっしゃい」
 門番の足軽は権柄《けんぺい》を作ったり、また粗略《そりゃく》にも扱わないように見せたりして、一人が廓《くるわ》の中へ入って行きました。その間、お君は門番の控所で待たせられていました。
 お君が門番の控所に腰をかけて待っていると、そこへ通りかかったのは役割の市五郎でありました。前は一蓮寺の境内でお君らの一行が興行をしている時に、木戸を突かれて大騒ぎを起したのがこの市五郎であります。市五郎はたいそう景気のよい身なりをして、懐手《ふところで》で廓の内から御門の外へ出ようとして、計《はか》らずもそこに控えていたお君の姿を見て足を留めて、お君の面《かお》をジロジロと見ました。お君はそれとは気がつかないでいる時、さきに取次に行った足軽が戻って来ました。
「案の如く駒井の殿様は御調練のお差図であるが、お前のことを申し上げると、直ぐにお許しになった」
 お君は足軽に導かれて行きます。
 門番の控所を出た役割の市五郎は、何か考えながら廓の外へ出た時に、またも一人、柳の木の蔭に立っている妙齢の女を認めました。
 市五郎は眼を丸くして後ろから、わざとその女の傍の方へ寄って行きました。
「はてな、不思議なことがあればあるもの、今お城の中に入った女がもうここへ来ている」
 市五郎は自分の眼を拭いながら近寄りました。そこへ立っていた女は、いま控所で見たお君の姿と身なりも形も寸分違わないで、ただ頭巾を被っているのと、いないのとだけの相違ですから、あまりの不思議とその女の側近くやって来たために、柳の蔭でお城の方ばかりを向いていた女が急に振返りました。
 振向かれて市五郎はタジタジとしました。後姿も衣紋《えもん》も寸分違わないけれど、目深《まぶか》い頭巾の間から現われた眼つきの鋭いこと。
 お銀様が振返った時に、一時|悸《ぎょっ》として市五郎は、すぐに足を立
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