ります。
 面白半分な面をして聞いているのはまだ真面目《まじめ》な方で、米友がこの部屋へ入って来る早々から笑いこけて、いまだにゲラゲラ笑っているものもあります。もう腹の皮を痛くしてしまって、このうえ笑えないで苦しがっているようなのもあります。
 これは米友が好んでここへ押しかけて来たのではありません。彼等は早くもこの宿へ米友が来たということを知って、相当の礼を以て招《まね》いたから米友はここへ来たのでありました。
 与力同心は、米友の頭を見て笑ってやろうというような心で米友を招いたのではなく、この不思議な人物の持っている、不思議な能力を解決してみたいからでありました。
 しかしながら、招かれて来た米友の頭を見た時は哄《どっ》と笑ってしまいました。人を招いておきながら、その人の入って来るのを見て、声を合せて笑い出すということは礼儀ではありませんけれども、つい笑ってしまいました。しかし笑われても米友は必ずしも腹を立てませんでした。
「笑っちゃいけねえ」
と言って座に着いてから、やがて話が槍のことまで及んで来て、
「一生稽古したって駄目な奴は駄目なんだ、俺らなんぞは木下流の槍の手筋を三日しか
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