無理無体に引張り出されたから、女の力で争うことはできません。
「ほんとに口惜しい、わからないお役人だ、わからずや」
 お角は引摺《ひきず》り出されてしまいましたけれど、その引摺り出されたところは意外にも甲州口でありました。
「愚者《おろかもの》め」
 ポンと関所の外へ突き放されて腰が砕け、暫らく起き上れないでいたが、起き上った時分に気がついてお角は喜びました。
「ああ、わかった、あの若い殿様が粋《すい》を利かして下すったのだ、もと来た方へと言って、ワザとわたしを甲州口の方へ突き放すように、御家来の方に指図をなされたものを知らずにお怨《うら》み申したわたしは、やっぱり女だから馬鹿だね。殿様、有難う存じます、あとでお礼を申し上げまする」
 お角は起き上ってお関所の方へ向いてお礼を言いました。
 それから大急ぎで甲州の方へ歩いて行きました。
 がんりき[#「がんりき」に傍点]に出し抜かれてしまったお角は、こうして前後の考えもなくそのあとを追いかけて来ました。お角にとっては、がんりき[#「がんりき」に傍点]がそれほどに可愛ゆいわけではなく、お絹という女が憎らしくてたまらないのです。あんな
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