へん危ないのでございますから、どうぞ、お通しなすって下さいまし、お手形は古うございますけれど、この通り少しも怪しいものではございませぬ」
「怪しい者であろうともなかろうとも、拙者はお関所を預かる役目、手形のない者は通すことならぬ」
「それではわたしが困ってしまいます、もし連合いにでも亡くなられてしまったら、わたしは死目《しにめ》に会えないじゃございませんか、助けると思ってお通し下さいまし」
「わからぬことを申すな、其方《そのほう》の事情がどうあろうとも、お上の御法を曲げるわけには相成らぬ」
「それでもせっかくお江戸からここまで来たものが、どうしてまたお江戸へ帰られましょう、ほんとにこうしている間も気がせくんでございますから、お通しなすって下さいまし、女一人ぐらい通して下すったっていいじゃありませんか、お目こぼしということもあるじゃございませんか、どうぞお頼み申しますよ」
 この女は女軽業の頭《かしら》のお角でありました。お角は一生懸命に役人に頼み込んでみましたが、許さるべくもありません。
「くどい! この上かれこれ申すと処分致すぞ」
 役人は言葉を荒くして叱りつけます。
「おや、これほ
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