ここに憐《あわれ》むべき宇治山田の米友は、己《おの》れの間に閉じ籠ったまま、沈痛な色を漲《みなぎ》らせて腕を組んで物思いに耽《ふけ》っています。
 米友は、ここまでの道中で二度|失敗《しくじ》ったことを良心に責められています。
 米友が失敗ったその一度は、上野原の宿で一行に出し抜かれて、無理な鶴川渡りをしてやっと追いついた事、その二度目は昨夜の騒動であります。
 彼は、この道中が終るまでは、寸分の隙《すき》もなくお絹とお松とを守っておらねばならぬ使命がある。彼自身もまたその使命を粗末にしようとは思っていなかったのに、昨夜という昨夜、与力同心に招かれて槍の話になって、有頂天《うちょうてん》に気焔を吐いてしまいました。
 その隙にお絹が天狗に浚《さら》われたのだから、幸いにしてお絹は帰って来たからいいようなものの、もし帰らなければ、所詮《しょせん》自分の腹切り勝負だと思いました。とてもここにこうしてはいられぬ、面目のないことだと思いました。米友は、それ故に良心の呵責《かしゃく》を受けています。しかし、米友の単純な心でも、どうもあれからのお絹の挙動が解《げ》せない、他の人が騒ぐほどに騒が
前へ 次へ
全123ページ中113ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング