ててお嬢さんを受取りに来る人と、企《たく》みをして誘拐《かどわかし》をしようという人と、どちらが白いか黒いか、そういうお方に見てもらおうじゃありませんか」
「お前さんのような下品な人とは口を利くのもいや、勝手にひとりで喋《しゃべ》っておいで」
 お絹は座を立って次の間へ行ってしまおうとする。お角は嚇《かっ》と怒りました。
「下品で悪かったね、どうせわたしなんぞは、下品で失礼で阿婆摺《あばずれ》でおたんちん[#「おたんちん」に傍点]ですから、自棄《やけ》になったら何をするか知れたものじゃありませんよ」
 お絹の後ろから飛びついて引き戻そうとしました。
「何をするんです」
 お絹はそれを突き返しました。
「さあ娘を返せ、お嬢さんをこれへお出しなさい」
 お角は突き放されてまた武者振《むしゃぶ》りつく、それをお絹は突き返す。
「まあ、何をなさるんでございます、何卒《どうぞ》お静かに、お師匠様もお静かに、おかみさんも手荒いことをなさらずに」
 次の間にいたお松は、見兼ねてそこへ仲裁に入りました。
「おお、お嬢さん、わたしは銀床から頼まれてお前さんを迎えに来たんですよ、お前さんの伯父さんがいま甲州の方から帰って、お前さんを連れて帰りたいというから、わたしが道庵さんまで迎えに行くと、こっちへ上っているというから、わざわざここまで来てみるとこの人が妙な真似をするから、わたしは腕ずくでもお前さんをお連れ申すつもりなんでございます、さあ、こんないやなところにおいでなさらずに、わたしと一緒にお帰りなさいまし」
 お角は仲裁に出たお松の手を引張りました。お絹はその間へ割って入り、
「お前さん方のような悪者の仲間へ、この子を渡すことはなりません」
「おや、悪者の仲間とはよく言った」
 お角はいよいよ荒《あば》れます。お絹は少しもひるみません。お松がもてあましているところへ折よく、
「まあ、まあ、まあ」
 かねて様子を見ていたもののように飛び込んで来たのは七兵衛でありました。

         十二

 七兵衛のこの場へ飛び込んだことは、すべてにおいて都合がよくなりました。
 二人の女をうまく仲裁して、話をそっくりわかるようにしてお角をなだめて帰し、そのあとでお絹と万事話し合って事情がわかり、話を纏《まと》めておいて七兵衛は山下の銀床へ帰りました。
「百、いま帰った」
「兄貴、帰ったのか、俺がいま出かけようと思っていたところだ」
「どこへ」
「根岸の後家《ごけ》さんとやらがおかしな真似をするというから、行って見ようと思っていたところなんだ」
「それなら、もう話が纏《まと》まったからよせ」
「兄貴の方は話が纏まったか知れねえが、俺の腹にはちっとばかり居ねえことがあるんだ」
「あれはあの女の癖だから、別に気にかけなさんな」
「癖にしてはあんまり性質《たち》がよくねえようだ、何かこっちに恨みがあってするような乙《おつ》な真似をしやあがる」
「ははは、恨みは大ありだ、当ってみれば因縁《いんねん》がちゃんと附いてる」
「いったい、その女というのは何者だい」
「お前がその女に悪戯《いたずら》をされるのは、されるような因縁がついているんだから仕方がねえ、ちょっと調戯《からかい》にやってみたんだから、根に持つなよ」
「そう聞いてみると、なおさら打捨《うっちゃ》っちゃおけねえ」
「出かけて行ってどうするつもりだ、その女に指でも差してもらうと俺が困ることになるんだから、打捨っておいてくれ」
「兄貴の迷惑になるようじゃあ済まねえが、なんだか様子がわからねえから、まあ一通りの話を話してみてくれ」
「根岸にいる女というのはそりゃあそれ、徳間峠《とくまとうげ》の一件物だ」
「ナニ、徳間峠の? まさかあの切髪の新造《しんぞ》じゃあるめえな」
「それだそれだ、お前が腕を一本とられた因縁物だ」
「なるほど、そいつは廻《めぐ》り合せが奇妙だ、その女なら因縁はこっちから附けてやらにゃあならねえ」
「ところが向うから因縁をつけて来たというのは百、お前が気が多いからだ、あの女軽業の親方とお前と出来て、嬉しそうに歩いているところを見せつけられたから嫉《や》けてたまらねえので、そんな悪戯《いたずら》をして腹癒《はらいせ》をしてみたんだ、早く言えば百、お前が色男すぎるから調戯《からか》われたんだ、ここは腹を立てねえで一杯|奢《おご》るところだよ」
「うむ、そう言われるとなんだか擽《くすぐ》ってえような気持もするが、浮気で言うんじゃあねえ、あの女はあんまり薄情すぎる」
「ははは」
 七兵衛は笑っているが、がんりき[#「がんりき」に傍点]はまだ心の底に何か残っているらしい。
「兄貴の前だが、おれは一旦ものにしかけた女を、そのままにしておくのはいやだ」
「おやおや、お前はまだそんなことを言ってるのか、男
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