頭より発して、刀を抜き放って竜之助に斬ってかかったが、脆《もろ》くもその刀を奪い取られて、あっというまに首を打ち落されてしまったから、一座は慄《ふる》え上ってしまいました。
 役人に附いて来た下人《げにん》どもは、もう手出しをする勇気もありませんでしたが、今まで役人どものなすところを歯咬《はが》みをして口惜しがっていた望月方の者でさえも、これには青くなってしまいました。口を利《き》いてくれることは有難いけれども、これではあんまりである、こんなにまでしてくれなくともよかったものを、後難が怖ろしいと、誰も役人の殺されたことを痛快に思うものはなくて、かえって竜之助の挙動《ふるまい》の惨酷《さんこく》なのに恨みを抱くくらいでした。
「飛んでもないことが出来た、仮りにもお役人をこんなことにして、さあこれからの難儀の程が怖ろしい」
 蒼くなって口を利く者もなく、手を出す者もなかったのを竜之助が察して、
「心配することはない、これはほんものの甲府勤番の神尾主膳ではない、偽《いつわ》り者である、その証拠には自分がほんものの神尾主膳への紹介状を持っているし、自分の友達はその神尾をよく知っている、これは近ごろ流行の浮浪の武士が、こんな狂言をして乗込んで金を盗《と》ろうとして来た者だ、それだから二人とも殺してしまった、以後の見せしめにこの首を梟《さら》し物《もの》にしてやるがよい、後難は更に憂《うれ》うるところはない、この二人が乗って来た乗物の中へ自分が乗って甲府へ行って、この責《せめ》は引受ける、村の人たちにはかかり合いはさせぬ」
と言って竜之助は、二人の偽役人《にせやくにん》が乗って来た乗物にお伴《とも》の連中をそのままにして乗り込んでしまいました。お伴の連中が狐を馬に乗せたような面《かお》をして竜之助を荷《にな》ってここを立って行ったのは昨日の朝。
 若い者の頭分は、それをいろいろな仕方話《しかたばなし》で竹刀《しない》で型をして見せたりなんかして、だいぶ芝居がかりで話しました。ことに竜之助が槍で突いた時の呼吸や、一刀の下に首を打放《ぶっぱな》した時の仕草《しぐさ》などを見て来たようにやって見せて、
「なにしろ強い人でございます、滅法界《めっぽうかい》もなく強い人でございます。あれから当家へおいでなすった時に、こうして私共が剣術をしているのを見て……ではない、その様子を聞いていまし
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