っては、米とお菜と金を貰って、それでお粥をこしらえて食います。それを食ってしまうと、また鬨《とき》の声を上げて次の町内へ繰込みます。こちらに一組出来ると、あちらに一組出来ます。けれどもおかしなことには、別にそれが乱暴を働くというのではありません。ただこうして町内から町内を食って歩くだけのことらしいのです。それに江戸名物の弥次馬《やじうま》が面白がってくっついて飛び出す。出ないと幅《はば》が利《き》かなくなったり憎まれたりするから、表通りの商人までがこの貧窮組へ飛び込んでお粥の施しを受け、いっぱしの貧窮人らしい面《かお》をします。
この連中が、昌平橋のところへ来て、町角へ大釜を据えました。誰がどこから持って来たか荷車が二三台、米とお菜がたくさんに積んであります。そうすると川の向うとこちらから、貧窮人が真黒くなって押し出して来ました。
しかしながら昌平橋で貧窮組と別れた米友は、ひとり柳原河岸へやって来ました。
「お蝶さん」
「だあれ」
米友に呼ばれた夜鷹のお蝶は、土蔵の裏から出て来ました。
「あら、お前さんはお金を落した人」
「お蝶さん、俺《おい》らはお礼に来たんだ」
「お礼なんぞ……」
「お礼といったところで、何も土産《みやげ》を持って来やしないよ、俺らは主人の家を追《お》ん出《で》ちまったんだから」
「まあ、追い出されたの」
「追ん出されたんじゃない、追ん出たんだ」
「どうして追ん出たの」
「自分から出ちまったんだ、あんまり癪《しゃく》にさわるから出ちまったんだ、お前さんに拾ってもらった財布を家の中へ叩き込んで、それっきりで家を追ん出ちまったんだ。それだから、今の俺らは一文無しで宿なしよ。お前さんにはお礼をしなくちゃ済まねえのだが、そういうわけで、せっかくお金を拾ってもらったが、お礼をすることができねえんだ。けれどもね、黙っていちゃ悪いから、口だけで、お礼を言いに来たんだ。また俺らがどこか奉公口が見つかって、小遣《こづかい》でも出来たら改めてお礼に来るから、悪くなく思ってもらいてえ」
「まあ、お前さんはなかなか感心な人ね、その心持だけでたくさんよ。けれども、旦那の家をムカッ腹で飛び出すなんて、それはお前さんが若いからよ、思い直して、お詫《わ》びをしてお帰りよ」
「いやなことだ、いやなことだ」
「一国《いっこく》な人だねえ。そうして、これからどこへ行くつもりなの
前へ
次へ
全58ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング