、それを聞きたい」
「これは十津川《とつがわ》でやられた。京都から引返して来るときに、伊賀の上野で天誅組の壮士というのに捉《つか》まり、それと一緒になって十津川へ後戻り、山の中で煙硝《えんしょう》の煙に吹かれてこうなってしまった」
「それは気の毒、全く見えないのか」
「初めのうちは少し見えたが、今は全く見えない」
「そりゃ災難じゃ、なんとか療治の仕様もありそうなものじゃ」
「療治も相当にやってみたが、本来、天のなせる罰《ばち》が報《むく》うて来たのだから」
「罰? 気の弱いことを言うな」
「どうも人間業《にんげんわざ》では癒るまいよ。それがために世間のことは一向わからぬ、近藤や土方は無事でいるか、芹沢との折合いはどうじゃ」
「君はそれを知らぬか、いやそりゃ、大変なことじゃ、四方八方、蜂の巣を突きこわしたようなもので、どれから話していいか」
「そうだろう」
山崎と呼ばれた男は易者《えきしゃ》のような風をしていたが、浴室の中へ入って来て小さい声で、
「まず第一、芹沢が殺されたことを吉田、お前は知っているか」
「芹沢が……誰に」
「仲間に殺された」
「仲間の誰に」
「仲間といえばたいてい見当がつくだろう。芹沢が殺されると、近藤が新たに新撰隊というのを組織してその隊長になって、土方が副将でそれを助けることになった」
「うむなるほど、いやあれは、どちらかそうなるだろうと思うた」
「それから次が四条小橋、池田屋騒動の一件だ。血の雨を降らしたこと降らしたこと、貴殿もいたら、みっちり働き甲斐のある仕事であったわい」
「浪人を斬ったのか」
「斬った斬った、今でも池田屋へ行って見ろ、天井も壁も槍の穴でブスブス、血と肉が、あっちこっちにべたべたと密着《くっつ》いているわい」
「そうか」
「それにまた一方では、拙者の郷里水戸の地方に筑波山《つくばさん》の騒ぎが起ってな」
「筑波山の騒ぎとは?」
「それも知らないのか。水戸の家老武田耕雲斎が、天狗党というのを率いて乱を起した、それやこれやで拙者は関東と京都の間を飛び廻っている、ことに甲州の山の中にめざす者があって、ここへ来たわけじゃ」
竜之助に向ってこういう話をする男、これは新撰組の一人で山崎|譲《ゆずる》という男、かつて竜之助が逢坂山《おうさかやま》で田中新兵衛と果し合いをした時に、香取流《かとりりゅう》の棒を振《ふる》って仲裁に入った
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