ひとりごと》、
「あのおばさんが、江戸へ連れて行ってくれると言ったから、江戸へ行ってしまうんだ、こんな山の中では出世ができない、いくら黄金《きん》を持っていても、それを上手に使わなければ詰らねえ、黄金を上手に遣《つか》うには都へ出なければ駄目だ、山へ来て黄金を取って都へ出て遣うんだ、黄金は人に掘ってもらって、自分はいつでも都にいて、遣って儲《もう》けていた方がいいだろう。それはそうと、いま向うの岸を廻った二人連れ、あれは、どうやら剣呑《けんのん》だ、早く行っておばさんに知らせてやろう」
燧台の裏へ先廻りした金掘りの少年は、岩の間へ掛け渡した、半分は洞窟《ほらあな》になった小屋へ駆け込んで、
「おばさん、おばさん」
笠も袋も投げ出し、
「人が来るよ」
暗いところから面《かお》を現わして、こっちを見たのは、意外にも徳間峠を逃げたお絹の姿でありました。
「忠作さん、どんな人が来ます」
「五十ぐらいの合羽《かっぱ》を着た人が一人と、それから、まだ前髪のある若いお侍が一人」
「ああ、それでは……」
お絹は、
「忠作さん」
金掘りの少年の名は忠作というらしい。
「なに」
「今あの人は寝ているから、あのままにしておいて下さい」
「ようござんす」
「それから忠作さん、お前は江戸へ出たい出たいと言っていましたね」
「ああ、おばさん、お前がつれて行ってやると言ったじゃないか」
「ええ、あの人の創《きず》が癒《なお》ったらつれて行って上げるつもりでいましたよ」
「早く癒ればいいな」
「いつ癒るか知れないからね……」
「早く癒してやりたいな」
「早く癒してやりたいけれども、こんなところではお医者さんもなし、お薬もないから、いつ癒るんだか知れやしない」
「気の毒だな」
「それだから忠作さん、こっちへおいで」
お絹は、そっと奥の方を気遣《きづか》うこなしで、静かに立って忠作を表の方へ誘い出し、耳に口を当てるようにして、
「気の毒だけれど、あの人をああして置いて、二人で江戸へ行ってしまいましょうよ」
「ええ?」
忠作は眼を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》ってお絹の面《かお》を見上げ、
「あんなに怪我をした人を置放しにして出かけるのかい」
「でも、いつ癒るんだか知れやしないもの」
「だって、それはおばさん、薄情というものだろう、あの人を置放しにして出かけて行ってしま
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