助けておくんなさい」
この一場の騒ぎで席が乱れても遊行上人は、もとの座に坐っていましたが、
「どうしたのだ、お前は」
「どうしたって和尚様、ほんとに口惜しくってたまらねえや、人を見ると悪者にばかりしてしまやがる。和尚様、お前は出家だから人助けをしてくれるだろう、俺らが悪者か悪者でないか、お前の眼で見たらわかりそうなものだ」
米友は遊行上人に噛《かじ》りついてこう言ってしまいました。
「わかるわかる、お前は悪者ではない」
「そうだろう、それ見ろ」
米友は遊行上人を唯一の味方に取った気でいる。
「まあまあ静まってくれ、この男は決して悪者ではないから勘弁《かんべん》してやってくれ」
遊行上人が手を挙げてなだめると、それでまた騒ぎが静まってしまいました。
「それ見ろ、この坊さんが知ってらあ、見る人が見りゃあ、ちゃあんとわかるんだ、お前たちは盲目《めくら》だ、この坊さんはなかなかえらい」
「お前はどこから来たのじゃ」
「伊勢の国から来て、江戸の下谷の長者町の道庵先生というところまで行くんだが、たびたびこんな目に会ってぶん[#「ぶん」に傍点]撲《なぐ》られたりふん[#「ふん」に傍点]縛《じば》られたりしたんじゃあ、ほんとにやりきれねえ。それに和尚様、おらあ、この通り片足が悪いんですからね。この片足でお前様、東海道を江戸まで、ひょこひょこ歩いて行こうというんですからね。不具者《かたわもの》だから世間が不憫《ふびん》をかけてくれてもいいんだろう、それをお前、あっちでも粗末にしたり、こっちでもぶん[#「ぶん」に傍点]撲ったり、俺らの身にもなってみねえな、ずいぶん辛いよ」
聞いている者は、無邪気な米友の憤慨を聞いて吹き出したうちにも、なんとなく眼に涙を持ってきて、なるほどこれは悪人ではないという気になりました。
遊行上人も米友の言いぶりを聞いて微笑しました。
五
いつか天竜を渡って秋葉山道《あきばさんみち》の淋しい辻堂の中。
「昨夜《ゆうべ》くれえドジを踏んだことは無《ね》え、めざして来た乗物を天竜寺へ追い込んで、こいつは鴨が葱《ねぎ》を背負って来たようなものだと思ったら、なあーんのこと、向うの方が上手《うわて》で、天竜寺へ参詣と見せて籠抜《かごぬ》けだ、それにあの坊さんに腹ん中まで見透かされて、命からがら逃げ出して来たなんぞは、近来に無え図の失敗《
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