ろへ入れていたのを、この時までちっとも気がつかなかった。落してみればその手紙、同じようにグッショリと濡れ切っていました。
「これは大切なもの、今まですっかり忘れていた」
お玉は、あわててそれを拾い取って、
「申しわけがない、こんなに濡らしちまって」
この時、米友の焚きつけた火はよく燃え上る。
「手紙かい、濡れたんなら、ここで乾かすがいい、火であぶってやろう」
大事そうにお玉は濡れた手紙を取って米友に渡しながら、
「昨晩《ゆうべ》、備前屋で頼まれた手紙、懐ろへ入れたまんまで今まで忘れていました。ああ、お金の方はどうなったかしら」
「頼まれ物は大事にしなくちゃあいけねえ。おやおや、グショグショだ、封じ目もなにも離れちゃった、このままでは手がつけられねえ。おっと待ったり、いいことがある、この笠の上へ拡げて、遠火《とおび》であぶるとやらかせ」
被《かぶ》って来た笠の上へ濡れた手紙を置いて、封じ目もなにも離れてしまったから、爪の先で拡げて火の傍へ持って来ます。その間にお玉は米友の衣裳《いしょう》に着替えてしまって火の傍へ来ると、米友は干場にかけた着物を表は天日《てんぴ》で、裏は焚火で両面から乾かすようにしておいて、二人が焚火を囲んで座を占めます。
「紙の方が乾きが早いや、もうこれカサカサになった、もとのように捲《ま》いて封じ目を拵《こしら》えておいてやれ」
笠の上の濡れ手紙が乾いたから、米友はそれを捲き直そうとすると、
「友さん、お前は字が読めたねえ」
「読めなくってよ、いろはにほへとから源平藤橘《げんぺいとうきつ》、それから三字経《さんじきょう》に千字文《せんじもん》、四書五経の素読《そどく》まで俺らは習っているんだ」
米友は少しく得意の体《てい》。
「それはよかった、それではその手紙は、どこへ届けるのだか読んで下さい」
「何だって? お前、届先を聞かねえで手紙を頼まれて来るやつもねえもんじゃねえか。どれ、読んでみてやろう」
「読んで下さい、こんな騒動がなければ早く届けて上げるんでしたに」
「エート」
米友は仔細《しさい》らしい面《かお》をしてその手紙の表を見て、
「女文字《おんなもじ》だね、女にしちゃよく書いてある。なんだ……大湊《おおみなと》、与兵衛様方小島様まいる――おやおや、この宛先は大湊だよ」
「まあ大湊……それではまるでこことは方角違い、早く届けれ
前へ
次へ
全74ページ中40ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング