やることになるんだ、さあ来やがれ、今までは米友様の御遠慮でなるべく怪我のねえように扱ってやったんだ、こうなりゃ肉も血も骨も突削《つっけず》るからそう思え、千人に一人も逃しっこはねえぞ、淡路流の槍に米友様の精分が入ってるこの槍先の田楽串《でんがくざし》が一本食ってみてえ奴は、お辞儀なしに前へ出ろ、それがいやなら道をあけて通しやがれ」
この猛烈なる悪態《あくたい》で浮足立った人が総崩《そうくず》れになって、奔流《ほんりゅう》の如く逃げ走る。兵馬に槍を貸すことを謝絶《ことわ》った役人連中までが逃げかかる。
「ともかくも、そのお槍をお貸し下さい」
逃げようとした槍持の手から兵馬は手槍を奪い取る、奪い取ったのではない、抛《ほう》り出して逃げようとしたのを兵馬が拾い上げたまでなのでありました。兵馬がその槍を拾い取ると、
「あ、殺《や》られた」
米友はついに捕手か弥次馬かを突き伏せてしまったと見える。
血を見ると寄手《よせて》も狂う、米友はなお狂う。一人突くも十人突くも罪は同じ、それで米友は死物狂《しにものぐる》いになったらしいのであります。
曲芸気取りでやっていてさえ、米友の網竿《あみざお》は恐ろしい、死物狂いになって真剣に荒《あば》れ出されてはたまらない、深傷《ふかで》、浅傷《あさで》の槍創《やりきず》を負って逃げ退《の》くもの数知れず、米友は無人の境を行くように槍を突っかけて飛び廻る。ムクもまたそれに続く。
そこへスーと手槍を突き出したのが宇津木兵馬でありました。
「待て」
「馬鹿野郎、俺《おい》らの前へ槍を出す奴があるか」
兵馬の突き出した槍は米友を驚かしました。米友が何故に驚いたかといえば、自分の前へ槍を突き出すのは、餅屋の前へ来て餅を売り、川の岸へ来て水を売るのと同じことだから、それで驚いたものと見えます。なにも兵馬の槍先が最初から怖ろしいのでそれで驚いたのではありませんでした。槍を取れば、宇治山田の米友の眼中に人はなくなるのだから、驚いた後は小癪《こしゃく》に触《さわ》ってただ一突きに突き倒す気合で来たのを、中段につけていた兵馬はスーとそれを引いて、撞木返《しゅもくがえ》りに米友の咽喉元へ槍が行く。
「や、や、や」
米友はタジタジと後ろへさがった。
「やるな、こん畜生」
後ろへさがって米友は待《まち》の形《かた》に槍を構え直した。兵馬は敵の退いた
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