が旅人の投げる銭を受けるのは、面《かお》を反《そむ》けて受けたり、笠を傾けて受けたり、撥《ばち》で発止《はっし》と受けたりします。
 三味を弾くことの練習と一緒に、銭を受けることの練習をも子供の時分から精を出していますから、天性|上手《じょうず》なものになると、武術の達人が投げた手裏剣《しゅりけん》をも外《はず》すの妙に至るものが出来たということであります。
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水になりたやお伊勢の水に
お杉お玉が化粧《けしょ》の水
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 こういってあやかりたがるほどの両人《ふたり》が容貌も、それに投げつける銭と同じことで、打ち込んでみた時には必ず外される。
 近寄れるけれども、触れることのできない美しさ、美しい哉《かな》、「ほいと」の娘はついに「ほいと」の娘で朽《く》ちてしまわねばならぬ運命を持っていました。もしその美しさに触れんとならば、「ほいと」と一緒に腐ってしまう覚悟でなければならぬ。
 今のお玉の母が、やはりこの部落から出て、お玉を勤めている間に、この苦しい瀬戸を越えて今のお玉を産み落したのでありました。そこに悲しい物語があって、今のお玉は現在自分の父が何者であるかを知らないのでありました。お玉の母はその後、やはりこの部落の中で味気ない一生を早く終って、間の山の正調と、手慣れた一挺《いっちょう》の三味線と、忠義なる一頭のムク犬とを娘のために遺品《かたみ》として、今は世にない人でありました。

 お玉は今朝、いつもより早く起きて朝飯を済ましてしまい、
「ムクや、これからお役所へ行くのだよ」
 昨晩ムクが啣《くわ》えて来た印籠《いんろう》を取り出して、それを今日は間の山へ出がけにお役所へ届けて、そのついでに昨晩、備前屋の裏口で頼まれた手紙とお金をもその頼まれたところへ届けてしまいたいと、こう思ったので、まず印籠を取り出して見ると、夜目に見た時よりもいっそう立派なものでありました。次に備前屋の裏口で頼まれたお金と手紙、どこへ届けるのだか、この手紙に書いてあるからと聞いたばかりでまだ調べて見なかったが、悲しいことにお玉は字が読めない女でありました。
 字が読めなくっても、今までに不自由を感じたこともないし、それを恥だともなんとも感じたことのないほど、それほどお玉は周囲の狭い天地で育っているのでありました。
「まあいいわ、この印籠の方だけ届
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