めえ》がエライから先に立てるんじゃあねえ、お提灯様のおかげだぞ、手前のような野郎でさえそれを持てば、道庵先生の先へ立って歩ける、さあさあ、有難く心得て持って行け、持って行け」
 仙公は泣きそうな面《かお》をして十八文の提灯を取り上げると、提灯屋の者は腹を抱えて笑いました。
 仕方がなしに仙公は十八文の提灯をぶら下げ、道庵先生はいい気になって山田の町を通って行くと、町の中程《なかほど》で、
「先生、道庵先生じゃございませんか」
 大きな宿屋の二階から呼び留める声。
「おや」
 道庵先生見上げると、品のいい切髪の美人が欄干《てすり》のところに立って、こっちを見て笑っていますから、
「やあ妻恋坂《つまこいざか》の女将軍!」
と言って先生は二階を見上げて立ち止まって、
「こちらに御逗留《ごとうりゅう》か」
「先生も御参宮?」
「はいはい」
「お宿は?」
「宿はまだきまらねえ」
「そんなら、ここへお泊りなさい、お相宿《あいやど》を致しましょう」
「そりゃ有難い」
「先生、そりゃ何です、そのお提灯は」
「はは、これこの通り」
 道庵先生は大自慢で、いま買立ての提灯を仙公の手から取って二階の美人に見せました。
「十八文! いやですねえ」
「こいつ[#「こいつ」に傍点]も話せねえ」
「みっともないから、そんな物を持って歩くのをおよしなさい」
「それでもこの野郎が持って歩きたいというから、わざわざ持って歩かせるのさ、この野郎は仙公といって……」
「先生、よけいなことを言わなくてもいいじゃありませんか、早く行きましょう」
「さあ行こう」
 仙公は女の手前、道庵先生がどんなことを喋《しゃべ》り出すか危険でたまらないから、袖を引っぱって早く連れ出そうとしました。
「あばよ」
 道庵は二階の美人を振向く。
「待っていますから、早く行っていらっしゃい」
 仙公に担《かつ》がれるようにして道庵はようやく小田橋のところへ来ると、橋の袂《たもと》へ寄っかかって好い気持に寝込んでしまいました。
「おや、先生、こんなところへ眠ってしまっちゃいけませんねえ、おやおや、もうグウグウ鼾《いびき》をかいている」
 道を通る人は行倒《ゆきだお》れではないかと思って覗いて行くから仙公はきまりを悪がって、いくら起しても起きようとはしません。
「酔っぱらうといつでもこれなんですからやりきれません、決して怪しいものじゃご
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