《た》いて上げましょうぞ、なんしろ鍋が二つしかございませんから、こいつを洗って、これでお米を炊くと致しましょう」
いま猪の肉を煮ていた鍋を惣太は取り下ろして、提げ出そうとする途端に、腰に下げていた、さっき新八郎から授けられた火薬袋の紐が解けて火薬はドサリとそこへ落ちました。
「猟師、何か落ちたぞ」
「へえ……」
惣太の唇の色が変ってしまいます、鍋を持った手がワナワナと顫《ふる》えます。
「これはその……」
鍋を下に置いて、あわててそれを拾い取ろうとする挙動があまりに仰山《ぎょうさん》なので、荷田重吉が不審に堪えず、
「それは何だ」
「これは――ゴウヤクでございます」
「ゴウヤクとは何だ」
「何でもございません」
拾い取ろうとする惣太の手首を荷田が押えて、
「ちょっと見せてくれ」
「ええ……御冗談《ごじょうだん》」
「貴様、まだ何か隠しているな、ゴウヤクとは何だ、出して見せろ」
荷田も、これが火薬袋とは知らないが、惣太の挙動があまり仰山なので、ついついそれを取ってみる気になると、惣太は面《かお》の色を失って荷田の手を押し払って、それを拾い取って懐中へ捻《ね》じ込もうとしますから
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