腹の応《こた》えは思いやらるるのです。
「川岸まで戻ってみようか」
眼を見合せて惨澹《さんたん》たる面《かお》の色。
「それはよせ、さいぜん鉄砲の音が聞えた。拙者の考えでは、これをずっと向うへ横に切って、紀州の日高郡をめざすが無事だと思う」
「道程《みちのり》は……」
「風屋――小森――平松――三本磯と行って、紀州日高郡の竜神へ凡そ十三里」
「その間の兵粮《ひょうろう》は……」
「さあ、それが……」
一同は口を噤《つぐ》んで足が動かない。
「おのおの方、あれを見られよ、煙が棚引《たなび》いている」
沈んだ声で後ろから言い出したのは、あの時以来、何をしていたか、ともかくここまで傷一つ受けずに来た机竜之助でした。
翠微《すいび》の間《かん》に一抹《いちまつ》の煙がある――煙の下にはきっと火がある、火の近いところには人があるべきものにきまっています。
「なるほど、煙が立つ、拙者が様子を見て来よう」
村本伊兵衛というのが出かける。
「よし、我輩《わがはい》も行こう」
荷田《かだ》重吉がいう。村本と荷田は連れ立って、その煙の方へ行ってみます。あとの九人は、木の根と岩角《いわかど》とに腰をかけて、その斥候《ものみ》を待っています。
「諸君、仕合せよし」
村本と荷田は欣々として帰って来て、
「山小屋がある、その中には、猟師と見えるのが、炉《ろ》に火を焚いて、何やら獣の肉を煮ている」
「ナニ、獣の肉を?」
肉と聞いて、うまそうな唾《つば》が口の中から迸《ほとばし》るようであった。
「敵の間者《かんじゃ》ではないか」
「いや、そうではないらしい、たしかに生《は》えぬきの猟師と見受けた」
「おしかけろ」
「行ってみろ」
村本と荷田は案内する。九人はそれについて行って見ると、山腹のやや平らかなところを程よくこなして、そこにかなり大きな掘立小屋《ほったてごや》があります。
「頼む……」
「うあ……」
中で妙な調子の返事がある、面を出したのはまさに猟師に違いない。ずっと前に、はじめて三輪の藍玉屋《あいだまや》の不良息子の金蔵に鉄砲を教えた惣太《そうた》でありました。
惣太は面を出して見ると、都合十一人、筒袖《つつそで》に野袴《のばかま》をつけたのや、籠手《こて》脛当《すねあて》に小袴や、旅人風に糸楯《いとだて》を負ったのや、百姓の蓑笠《みのかさ》をつけたのや、手創《てき
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