、いよいよ嫌疑《けんぎ》が深くなるわけです。
「こりゃ猟師、貴様はただいまどこへ行った」
「里へ米を買いに」
「黙れ、この近いところに米を売るようなところはあるまい、貴様は訴人《そにん》に出かけたな、我々の所在《ありか》を敵の討手へ知らせに行ったのであろう」
「ど、どう致しまして」
「その袋が、いよいよ以て怪しい」
 荷田は力を極《きわ》めて袋を引ったくる、惣太は力任せにそれをやるまじとする、その途端《とたん》にころがり出したのが炭団《たどん》ほどな火薬二個。
「やあ、これは火薬じゃ」
「おのれ!」
 一人の浪士は抜打ちに惣太を斬ろうとする。惣太は絶体絶命で、眼の前に転がって来た火薬を一つ掴《つか》むや否や、燃え立っていた炉の中へスポッと抛《ほう》り込みました。
 轟然《ごうぜん》たる爆発。鍋は飛び、炉は砕け、山小屋は寸裂する、十一人のうち、二人即死。面《かお》を半分焼け焦《こが》されたの、手の肉をもぎ取られたの、全身に大火傷《おおやけど》をしたの。肉が飛び血が流れ、唸《うめ》き苦しんで這《は》い廻る上に火がメラメラと燃え上りました。
「ソレ合図だ」
 遠巻きにしていた藤堂の討手は、意外に早く火があがったのを怪しみながら走《は》せつける。
 この場で即死した二人のほか、焼け爛《ただ》れて歩行の自由を失い、藤堂の手で搦《から》められたものが一人、あり合う俵や菰《こも》を引っかぶって逃げ出し、折からの闇に紛《まぎ》れて行方知れずになったものが七人。
 しかし、このうち六人はその翌日《あくるひ》、紀州方面へ逃げて行くところを、紀州勢の見廻りに出会って山の中でつかまってしまいました。
 十一人のうち、十人まではこんなことで運命が定まったに拘《かかわ》らず、どうなったかわからないのがたった一人、それがすなわち机竜之助でありました。

         三

 紀伊の国、竜神村の温泉場で今宵《こよい》は烈しく犬が吠《ほ》えます。
 山村とは言いながら、客には慣れたはずのこの里で、こんなに犬の吠えるのは珍らしいことです。
 時はもう秋に入るのであるから、爽《さわや》かなるはずであるべき天候が、まだなんとなく雲を持って、桶《おけ》の底のようなこの土地を、ひたひたと上から押してくるようなので、湯の客人もなんだか、近いうちに暴風雨《あらし》でもなければよいがと言っていました。
 犬も、
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