御陣屋は……」
「ナニ、植田様の御陣屋――」
金蔵はやっと、店先に立ってものをたずねている旅の人に眼をうつした。この暑いのにまだ袷《あわせ》を着ている。手には竹の杖。
女を見て総立ちになった閑人どもは、このたびは一人として見向きもしない。
問いかけられた当の金蔵すらも、直ぐに眼をそらして、
「植田様は、これを真直ぐに左」
鼻であしらう。
旅人は、教えられた通りにすっくと歩んで行く。これはこれ、昨夜を長谷《はせ》の籠堂《こもりどう》で明かしたはずの机竜之助でありました。
三
長谷から三輪へ来たのでは後戻《あともど》りになる。
関東へ帰るつもりならば、長谷の町の半ばに「けわい坂」というのがあって、それを登ると宇陀郡《うだごおり》萩原の宿へ出る、それが伊勢路へかかって東海道へ出る道であるから、当然それを取らねばならぬ。竜之助が、この三輪まで逆戻りをして来たからには、関東へ帰る心を抛《なげう》ったのであろう。また京都へ帰る気になったのかも知れぬ。いや、そうでもない、彼は今や西へも東へも行詰まっている。立往生《たちおうじょう》をする代りに、籠堂へ坐り込んで一夜
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