下に置いて、鑿《のみ》のようなもので、しきりに杉の根方《ねかた》を突っついていました。いいかげんに突っついてみてから、その徳利を穴へあてがってみて、また突っつき直します。杉の根方は、盤屈《ばんくつ》して或いは蛇のように走り、或いは蟇《がま》のような穴になっている、その間を程よくとり拡げて、徳利を納めるために他目《わきめ》もふらず突っついていましたが、ふいと、また一つの物影が、地蔵堂の方からゆっくりと歩んで来て、この「おだまき杉」近くまでやって来たのにも気がつかないようです。このゆっくりと歩んで来たというのは、誰であるか直ぐにわかる。それは、寝る前に必ずひとたびは、明神の境内をめぐって歩く植田丹後守であります。
 丹後守は、いま「おだまき杉」の近くへ来て、ふと、根方を突っついている忍びの人影を見つけたので歩みを止めて、何者が何をするかと、しばらく闇の中から、立って見ていました。
 丹後守の歩き方は、まことに静かで、草履《ぞうり》をふんで歩く時は、歩く時も、止まる時も、さして変りのないほどでしたから、根方の人は少しも気がつきません。
 しばらく見ていたが、つかつかと丹後守は近寄って、
「金蔵ではないか」
「はい――」
 物影は非常なる驚きで、バネのように飛び上ったのでしたが、わなわなと慄《ふる》えて逃げる気力もないもののように見えます。
「何をしている」
 丹後守は、押して穏かに問う。
「へえ……へえ」
「それは何じゃ」
 人影が藍玉屋の金蔵であることは申すまでもありません。
 丹後守に指さされたのは金蔵が、幾度も穴へ入れたり出したりしてみた、かの徳利でありました。
「へえ……これは……」
「これへ出して見せろ」
「へえ、これでございますか……これは」
 金蔵はおそるおそる徳利を取って、丹後守の前へ捧げます。丹後守は、手に取り上げて見ると徳利のように見えても徳利ではありません。長さおよそ一尺ぐらい、酒ならば一升五合も入るべき黒塗り革製の弾薬入れであります。
「金蔵、これはお前のか」
「はい……」
「お前は、鉄砲を持っているか」
「いえ……人から借りました」
「借りた――飛び道具は危ないものだぞ、これはわしが預かる」
「へえ……」
「もう、あるまいな、まだこんな物が家にあるか」
「もう、ありませぬ」
「よし」
 丹後守は弾薬入れを取り上げて、小言《こごと》も何も言わずに行
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