知れないが、それをともかく動かしたのは大谷君の力と看なければなるまい、然し、大谷君がそれほどあの作に傾倒しているかどうかということは余程考えものである、兎も角も当時の歌舞伎劇団の中心勢力と見るべき左団次一党を動かして、こちらに花を持たせて置き、その次には著者を説いて活動写真に撮って大いに儲《もう》けたい、儲けてそうしてこの天災非常時の穴埋めにしたいというそろばん[#「そろばん」に傍点]から割り出したものと見ることも一つの看方《みかた》である。
 併し余輩も考えた、今や大震災直後の人心を見るとすさび切っている、そうして市民が慰安を求むるの念は渇者の水を求めるようなものである、演劇というものは市民にとって娯楽物でも贅沢物でもない、全く必須の精神的食糧であるということがこの際最もよく分った、そういう必要があってわざわざこの山の中まで要求がある以上は辞退すべきではない、それではそういう意味でわたしも奉仕的に出馬をしよう、併しながらあの作はいろいろ嫌な問題を惹《ひ》き起し、興行禁止を声明しているのだ、それを許す以上には立派にその意義と名分とを鮮明しなければならぬ、それにはまず都下の新聞関係者を招
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