tキだしてしまったのである。次郎氏、哲学行者の本を剽竊して『改造』に論文を書く! 何と愉快ではないか。
 ところが問題は笑って済まなくなってくるのである。兼子氏の「道友」は更に今度は日本語で書かれた氏の『哲学概論』めいた本を恵贈して呉れたが、それを見ると、前のドイツ語の方の本に対する「独仏」における大家(?)の賛辞が付録になっている。ブランシュヴィク氏やリッケルト氏は月並の無意味なお世辞を述べているに過ぎないが、O・フィッシャー氏の如きになるとクラーゲスなどを紹介してマンザラでもない賛同の意を表わしている。即ち、東洋思想とか東亜文明とかもっともらしい片言を述べ立てた「サムライ」や「ハラキーリ」式の東洋哲学観なのである。「西洋思想」を軽蔑するらしいこの友達が、欧州人に褒められたからといって喜んでいるのは少し変だが、それはとに角として、もう一つ気にかかるのは、兼子氏がこの本でもっとも興味をもっているらしい哲学的な思想対策と言ったものを見ると、何のことはないもっとも俗物的な国粋ファッショ式な善導案にすぎないという点である。私は折角深遠な「哲学」もこれでスッカリお座がさめはしないかを恐れるので
前へ 次へ
全273ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング