ェ文学から理解されるのではなくて文学が理想や文化から理解されねばならぬように見える。
だから次のような言葉も意味があるわけだ。「フランスの思想は過剰なフランスの文学によって誤導され、腐敗させられたと人はいうかも知れない。事実数多く思想家達は平穏を求めてリリシズムに逃避して了った。このことがロマン・ロラン、アンリ・バルビュス、及び『勝利』、『聖なる顔』のエリイ・フォール、『人生について』のアンドレ・シュアレスのごとき知的指導者達の失敗の一部を物語っている」云々。
文学が思想問題として、従って又文化問題として、全幅の意義を発揮しつつあるのは、現代の世界文学の国際的特色であろう。元来、旧くから文学はそういうものであった筈だが、それをハッキリと自覚しなければ文学として安心出来なくなったのは、現代の世界情勢の特徴だ。外交・政治・さえが一方に於ては思想的な課題となりつつある。文化問題としての資格をさえ持って来ている。そのことはつまり、逆に云うと、文化や思想が、それ自身ですでに政治的・外交的・意義を国際的国内的に持つようになったことを意味するのであるが、そこへ文学を持って行くと、文学は正に思想と
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