必然的な属性の一半であるべき高賃金という要因が、日本の、而も日本の農村の、特有な事情に基くということは、何としたことだろうか。
 そして第二に気のつく点は、ここに突如として「農業精神」が出現して来ることだ。つまり農民の忍耐力がその唯一の根拠であったということだ。だが農業精神と名づけられる農村労働力の忍耐力は、一体科学主義工業に於ける科学[#「科学」に傍点]とどんな関係にあるのだろう。だが一方に於て日本産業の海外発展という目標を持ち、他方に於て何等かの意味での社会正義――それはやがて社会的な道徳[#「道徳」に傍点]ともなる――という目標でも持つとすると、この二つのチグハグなものを、観念的に結びつける観念は、全く農業精神というようなものでありそうなのは、蓋し現代の一部人士の常識ではないか。然り、一部人士の常識[#「常識」に傍点]だ。だが決して科学[#「科学」に傍点]ではあり得ない。科学主義工業は、高賃金という名目上の属性を必然的ならしめるためには、日本農民のやや憐むべき道徳[#「道徳」に傍点]を援用しなければならぬ。科学ではなくて道徳をだ。
 農村工業が何故特に副業[#「副業」に傍点]でな
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