合理的[#「合理的」に傍点]ではないだろうか。私は博士の社会正義観の如きものを知らないではない。だがそれが合理的な論拠となり得ない限り、最も合理的な科学主義工業は、寧ろ低賃金低コストでなければならない、という理屈に落ちざるを得まい。して見ると、大河内氏式の「科学主義工業」よりも、もっと合理的[#「合理的」に傍点]な科学主義工業が可能なわけだ。いや単に思考の上で可能なだけではない。やがてはいつかこの社会に実現する可能性が大いにあろうというものだ。いつか大河内氏がその制限つきの「科学主義工業」の観念をもう一遍清算しなければならぬ時期が、来ないとも限らない。もし今そこまで観念として徹底しないのだとすると、科学主義工業の低コスト高賃金主義には、多分の社会正義か何かのイデオロギーが含まれていて、それが暗々裏に心理的な作用を(論理的ではない作用を)営んでいるのではないだろうか。そしてこの心理的な作用の主が、どうやって氏の「科学主義」の内に編入されるのか、之は私にとって最も興味のある点でなければならぬ。
 尤も、誰が考えても、低賃金高コストよりも、高賃金低コストの方が、合理的[#「合理的」に傍点]で
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