頁)。
三年前の著『農村工業』をこの著者は引用する。「農村の労銀は大体に於て今日は大都市の三分の一である。而も三倍の労銀を得る大都市の労働者の方が、生活は却って遙かに困難であって、半農半工の農村の方が遥かに恵まれている。」「大都市の大工場を幾つもの小工場に分割して、地方に分散せしめるのは農村工業のもっとも容易なやり方であるが、然しそれではまだ農村の廉価な過剰労力[#「廉価な過剰労力」に傍点]の真の利用にはならない」云々。――こう引用した著者は、この言葉がみずから「慚愧に堪えない」と告白しているのである(六〇頁)。
つまり「農村工業」時代の大河内氏は、低賃金という利益を以て、その工業政策観念の支柱とした。だから之は資本主義工業の観念に他ならぬというのである。之に反して、科学主義工業は、「高賃金低コスト」を目標とするものでなければならないというのだ。
かくて氏は過去の工業政策観念を清算して初めて科学主義工業の観念に到着したのである。云うまでもなくこの変化は注目に値いする。一つの大きな前進であり進歩と云わなければならぬ。そしてこの進歩を云わば余儀なくしたものは、農村工業の問題そのもの
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