は全くここにある。真に幸福について考えて見たことのない人間は、決して道徳を知った者ではないかも知れぬ。――だが理論的に忘れてならぬことは、この幸福なるものが、実はモラルの形式的[#「形式的」に傍点]な規定に過ぎなかったという点、或いはこの形式的規定がそのまま一転してモラルの一般的[#「一般的」に傍点]従って又抽象的[#「抽象的」に傍点]な云わば形式的内容[#「内容」に傍点]になったものに過ぎぬという点、なのだ。なる程、一切のものは幸福に帰趨するだろう、エピキュリアニズムは因よりストイシズムもアスケティシズムも、夫々一種の幸福感・満足に帰趨するだろう。併し逆に、幸福というもの自身からは単に幸福をしか導き出すことは出来ぬ。幸福からはモラルの本当の内容[#「本当の内容」に傍点]を導き出すわけには行かないのだ。もし幸福のモラルからコンミュニズムを導き出した文学者がいたとすれば、彼には一つの転向[#「転向」に傍点]が必要であったに相違ない。と云うのは、幸福のモラルからコンミュニズムを惹き出したと云うのは、実は方向を反対にしてコンミュニズムから幸福のモラルを惹き出したことに他ならない。
幸福のモ
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