に又個人によって、事実違っているので、その間に決して完全な一致がない。そればかりではなく、今日のように各思想が国際的に共有化して来ると共に、文化が治者階級と被治者階級とに分裂すると、哲学の階級による相違が相当ハッキリするようになって来る。無論もし何等の共通な性質もないとすれば、同じく哲学という名で呼ぶことは出来ないわけだが、それにも拘らず、哲学が何かということ自身が、いつも繰り返される疑問なのである。
併し説明の便宜上、哲学というものの主な性質だけをごく形式的に云い表わして見ると、思想の科学[#「思想の科学」に傍点]と云っていいだろうと思う。それは思想を常識的に所有することに満足しないで、之を学問的に一定の確実な根拠の上に立って展開することを意味すると共に、又吾々の眼の前にある多数多種の諸思想に就いて、之を学問的に分析し批判することをも意味している。例えば政治なら政治というものは、常識的には誰でも知っている意義のもので、デモクラシーなるものが正しく又優れた政治原理だと今日の吾々は常識的に信じているが、併しなぜ夫が正しく又優れたものかということに就いては、常識は殆んど何も答える術を有た
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