]であったからだ。妖怪や化物は一種の凄みを有っている、なぜかというと夫は何等かの現実に似て[#「似て」に傍点]いるからだ。吾々の現に知っているものに似かよった処があればある程その凄みに現実味がある。それが化物のもつリアリティーというものだ。まるで見たこともないような別なものなら恐れることも慄えることもあるまい。
 大本教の犯罪味は前にも云った通り不敬罪と治安維持法違反とである。即ちいずれにしてもその不当な皇道主義を標榜した点がいけないのである。わが国家の神聖を保持するためにはかかる妖気は払い清めなくてはならぬ、それが又わが国に於ける宗教そのものを護るためのお祓いにもなる。かくて大本教は処断された。私は為政者と共に之を欣快とするものである。
 併しそれはそうでも、私は大して飛び上る程うれしいとは思わない。大本教が如何に妖凄だとは云え、司法省や内務省が、宗教的な(いや寧ろ反宗教的な?)行為しか出来ないような物理的に無力なこの一勢力を、やっつけることが出来るということは、あまりに当り前のことで、今更出かしたとも有難いとも感じない位いだ。これは司法大臣が選考し直されても、警保局長が休職更迭にな
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