ち、宗教が元来決してインチキでないということを、特に社会に明示するのに役立つのである。宗教団体法がインチキ宗教取締りの目的を有っているというのは、この意味においてなのである。
 要するにこの宗教団体法案なるものは、宗教団体の社会的経済的存在における世間的な信用を高め、従っておのずから間接に、しかし的確に、宗教そのものの社会的権威を擁護しようというのである。単に信教の自由を許すとか奨励するとかいうのではない。積極的に宗教を(だが必ずしもその自由をではないことを注意せよ)押し立て、ひけらかす。それが政府の宗教団体法の社会的意義だ。宗教はいつの間にか社会の、為政者の、それ程大切なペットかマスコット見たいなものになっているのである。
 文部省はすでに学校における宗教教育の採用について苦心を払っている。教育における明治初年来の政教分離の方針には、大いに手心を加えよと学校に向かって訓令している。宗教的情操は教育上絶対に必要だと告白している。宗教は今や日本にとって非常に大切なお客様となった。インチキ宗教(もしインチキでない宗教があったとすれば)が流行するということ自身もまた、これと全く同じ日本社会の
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