主義」に傍点]的モラルへの「転向」であって、少なくともジャーナリズム上の宗教復興は、この文学ジャーナリズム上のモーラリズムの動きと切り離しては考えられない。
 だがこうした手近かな原因の背後に、もっと国際的に広範な又もっと前から歴史的に作用している所の、幾つかの条件が置かれている。現に満州事変そのものが、元来五・一五事件と全く同じ系統のものであるらしいのだが、この事変の意識的動機になっている観念(之をジャーナリズムは簡単にファシズムと呼んだが)は、云うまでもなく日本資本主義の長く歴史的に蓄積された危機から発生した、日本特有の形式のファシズム観念だったのである。一体日本に於ては、ブルジョア・イデオロギーは農民労働者は云う迄もなくブルジョアジー自身にとってさえ、決して親しいものではなかった。夫は殆んど全く小市民的インテリゲンチャのブルジョア的教養として国外から受け取られたものに過ぎなかった。
 そこで権威のあったマルクス主義的思想が一旦沈静するとなると、それの代りとして模索されるものは、ブルジョア的観念或いはそれの変容と云うよりも、寧ろ夫によってまだ侵透されるに至らなかった半封建的な世界観
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