最近の職業野球団はこうした「ファン」社会の需要に応じて企業されたものであって、日本でこの商売が立派に成立するだろうことはアメリカ職業野球団の来朝の際、如何に日本の野球ファンが死に物狂いに殺到したかということで、すでに試験済みなのである。
処が一方、六大学野球連盟自身が、この時すでに職業団化していることを見ねばならぬ。それを通じて各大学の野球部自身、又選手自身が、職業化して来た。選手は野球専攻(?)の学生となり、その研究費(?)を賃銀(?)として受けとるようにさえなるし、この選手と共に野球部は営業大学の事業部の役割を持って来るし、連盟自身は事実上興行主体と何等選ぶ処がなくなった。この関係が社会的に色々のボロを出すようになったので、文部省は野球統制令を敷いて、例の「学生運動」としての学生野球とこの企業としての学生野球との矛盾を折衷しようと試みた。一季制案がその一例だったのである。処が学生野球の必然性は、すでに崩壊しつつある学生運動としての学生野球が新興の学生野球企業を圧迫するのを肯んじることが出来ない。そこで連盟側から二シーズン制復活運動が猛然と台頭したのである。文部省は遂に、入場料の値
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