た。処が又、実はこの四つの競技に興味があるのではなくて、全国の青年団が明治神宮の名に於て之を機会に顔を合わせるという点が、この大会の呼び物であったのである。
 なる程青年団は青訓や青年学校や軍事教練から連想されるように全く文部省的存在ではあるが、併しこの文部省的存在自身が、少なくとも文部省的なスポーツ観念を裏切って、スポーツを一種の青年団示威運動とも云うべきもので以て、すりかえて了ったのである。
 元来神宮大会なるものは、文部省に淵源したものではなくて、内務省系のものだったのである。文部省は嘗て之に学生の参加を許してはならぬと云って内務省と抗争した処のものだ。その後、この抗争を避ける目的で、民間スポーツ団体に一任されたので、今日の「明治神宮体育会」のものとなったという歴史を有っている。名前は体育大会だが、文部省の考えているような体育[#「体育」に傍点]とは無関係で、主として青年団精神[#「青年団精神」に傍点]の教育の機関となって了った。そして、こうした日本精神教育が、今日では全く文部省の管轄外であって、国体明徴の場合でも明らかであったように、もっと外の管轄にぞくすることは、有名だ。
 
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