な資本制日本の官僚的支配に対する反抗が、学問乃至教育の方針として具体化されたもので、官学的アカデミーの標準から見れば、昇格以前の私立大学(専門学校)は確かに学究的な権威に於ては到底帝大の敵ではなかったのが事実だが、併しそれだけに一つの独立不羈な生活意識に裏づけられていたので、単にブルジョア政界や財界に於てブルジョアジーの自信ある前進に沿うて進取の歩武を進めることが出来たばかりでなく、文学運動や文筆活動に於ても帝大の追随を許さぬものを示すことが出来た。
併し考えてみると、こうした私大と帝大、私学と官学、との対立はそういつまでも続くことは出来ない筈であった。日本の新興ブルジョアジーと官僚政府との妥協の結果が段々熟して来るに従って、ブルジョアジーと官僚との経済的政治的社会的な役割に於ける区別やまして対立は、追々意義を失って来て、官僚の独特の役割はブルジョア社会そのものから浮き上り、単なる行政事務上の意味しか持たなくなった。ブルジョアジーは本来受けた半官僚的な変形なりに、そのまま官僚そのものから離れて、社会の行動と意識との指導的な担い手となった。
ではその結果、官僚系にぞくする帝大の方はブ
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