責任に旺盛である。この家族主義は社会に於ける就職難を弁護している。だから結婚難を弁護しているのも亦実に、この家族主義、家庭主義だということになる。夫が例えば花嫁学校主義なのだ。
そんなまわり遠い社会政策ではなくて、私の年頃になった娘の縁談を早く何とかして呉れというかも知れない。それなら私はこう云おう。何、その内いつかあります。世間が結婚難だからと云って、何も貴女の娘さんに限って結婚出来ないということにはなりません。世間は世間、貴女は貴女というのが貴女の建前ではありませんか。それから、結婚難は世間の社会の問題ですから、之を解決したって貴女のお嬢さんの嫁入口が決まるわけでもありません。結局貴女は結婚難など問題にする必要はなかったのです、と。――個人々々が自分やお友達の結婚ばかり考えている限り、結婚などという社会問題[#「社会問題」に傍点]はどこにも存在しない。結婚難を問題にしたいなら、社会問題――社会自身の矛盾――を問題にしなければならぬ。処で家庭主義者には之は一寸無理な注文だ。尤も手近かに自分だけの結婚が問題なのなら、コケットリーというもので充分実際的に役立つだろうとも、私は思っている
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