はないかと考えられる。恐らく中国ではその法治的秩序の不統一のために却って、丁度日本の維新の初期がそうであったように、この教育の理想(つまり社会の理想だが)が比較的正直な影響を或る一部の進歩層へ与えることが出来るのではないかと思われる(但し中国の女性教育に対する進歩的影響は、日本の明治中期以来のような一種の退化を招くことは当分はあるまいと想像する。なぜなら支那は内部的な動きを当分続けて行くだろうから)。
だが日本の家族制度が、女性の社会化を妨げつつある処の原則であるにも拘らず、又この社会化防止・家庭的強制の強調にも拘らず、この事情が徹頭徹尾反動に過ぎぬということは云うまでもない。と云うのは、こうした条件、こうした動きは、大勢の運動方向の必然性を、結局に於てどうすることも出来ないのである。現に日本の家庭は刻々に破壊されつつある。家庭を離れた農民は続々として都会に侵入しつつある。夫が都市膨張の一つの有力な原因になっているのだ。職業婦人は年々増加しつつある。之は今の処、それだけ家庭結成の延期を意味している。こう云った状態は女性を封建家庭的な生物として取り扱おうとする支配者男性にとっては全く失
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