た。だがこうした教育の国粋化、つまり教育の半封建制的方向転換も、学校教育自身の伝統から生じて来たのではなくて、社会全般の思想的反動から結果したのである。かつて森有礼時代の文部大臣は社会の建設に対して嚮導的な意義を有っていたが、その後文相は大臣としては寧ろ不名誉な伴食大臣ということになって了った。最近では文部大臣は軍人教育の一種の補助官の慨さえなくはない。それ程学校教育(社会教育は文部省よりも内務省のものであり家庭教育はより下級な警察の所管であるらしい)は、社会機構の政治的圧力によって外部から押されているのであって、学校教育が社会教育によって左右されることは実は当然そうなくてはならぬことであるにも拘らず、相当ハッキリとブルジョア的性質を有っていた学校教育の伝統にとっては、之はやや偶然な原因に基くものと云わざるを得ないわけだ。
尤もこう云っても日本教育の本質である真正正味の半封建性[#「半封建性」に傍点]を私は少しも軽んじようとするのではない。之こそ実は日本教育の伝統の本質だ。だがそれにも拘らず他のイデオロギー的・習俗的・活動に較べて、これが可なりハッキリとブルジョア教育のものであったと
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